早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授
谷 誠一郎 (たに せいいちろう)

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研究専門分野
理論計算機科学(Theoretical Computer Science, TCS)一般に興味があります.TCSの中でも,現在,研究対象として主に取り組んでいるのは,量子アルゴリズムと量子計算量理論です.
(以下は,漠然とした話です.詳細は,研究内容のタブを見てください).
TCSは,「計算」の数学的な定義に始まり,「計算の可能性」の追究が行われ,さらに「計算の効率と困難性」の追究を通して,情報処理・通信分野の数学的基礎を築いてきた応用数学の一分野です.TCSの未解決問題としてP対NP問題はよく知られていますが,TCSの守備範囲ははるかに広大です.例えば,セキュリティの根幹を成す暗号の解読困難性や,効率的な通信ネットワークや通信プロトコルの設計,電子回路の最小化・省電力化,等々,現代の情報化社会で必須である様々な技術の根幹となる数理基盤を生み出してきました.
コンピュータの技術は日進月歩ですが,その基本原理はまったく変わっておらず,TCSの研究において長らく前提とされてきた計算の数理モデルは普遍的なものでした.しかし,40年ほど前に,量子コンピュータという全く異なる原理に基づく計算の概念が提案され,TCSの研究でも新たな計算モデルが導入されました.最近では,理論研究の分野にとどまらず,世界中の政府機関・大学・企業が,量子コンピュータの実機開発にしのぎを削っています.
なぜ,それほど量子コンピュータが注目されるのでしょうか?
それは,現在普及しているコンピュータ(以下、古典コンピュータ)の延長線上では達成し得ない性能を,量子コンピュータなら達成できると期待されているからです.しかし,実際のところ,量子コンピュータが完成したとしても,全ての問題を高速に解けるわけではありません.ですから,どんな問題であれば,古典コンピュータよりも高速に解ける(可能性がある)のか,という問いに対する答えが強く求められています.この問いに対する答えを求めて,量子コンピュータによる計算を数学的に定義し,その上で量子計算に関する多くの研究が行われるようになりました.TCSを構成する主たる分野として,アルゴリズム理論と計算量理論があります(実は,この二つは相互に関係が深く,はっきりした境界がありません). この二つの分け方で,量子計算研究の説明を簡単してみます.
量子アルゴリズム
ターゲットとする問題に対して,量子コンピュータを用いたアルゴリズム(=量子アルゴリズム)を考案し,その問題を高速に解くことを数学的に保証するのが,上記の「問い」に対する王道的アプローチといえます.少し視点を変えて,問題が「暗号を解読」だった場合はどうなるでしょうか.この場合,高速な量子アルゴリズムは暗号への攻撃手法という位置付けになります.例えば,P. Shorにより1994年に発表された素因数分解を行う量子アルゴリズムは,現在使用されているRSA暗号に対する強力な攻撃手法となります.これは悪いことのように思えますが,暗号への強力な攻撃手法は,暗号の安全性解析を行うための大事なツールとなり,暗号をより安全に改良していくために欠かせません.
高速な量子アルゴリズム考案のためには,量子独特のテクニックはもちろん必要ですが,多くの場合,古典コンピュータのTCSで培われた高度なアルゴリズムテクニックの知識も必要とします.また,古典コンピュータ上でのアルゴリズム(=古典アルゴリズム)よりも,考案した量子アルゴリズムが高速であることを言うためには,古典アルゴリズムの限界を示す必要があります.この意味で,量子アルゴリズムの研究は,古典アルゴリズムの研究と深い関係を持っていると言えます.
量子計算量理論
具体的な問題ごとに高速に計算ができる/できないを示すことは,最終的には必要ですが,その前段階として,同じような性質を持つ問題群に対して,解くために必要な時間やメモリ量に関する,共通の性質を明らかにするというのが計算量理論のアプローチです.これによって,問題に対する対処の仕方に関して,おおまかな方針が立てられるというメリットがあります.例えば,応用上重要な問題が,NP困難というクラスに入っていることが示されると,高速に解くことが極めて困難であることの状況証拠になるので,厳密に解くことはあきらめ,近似解法やヒューリスティックを考える方針に転換することができます.また,高速に解くことが困難とされる問題群に属する問題を基礎として暗号を作ることができれば,解読が困難であることの理論的根拠を与えることができ,数学的に説得力のある安全性が担保されることになります.
私の研究分野に関して
学生時代からTCSに入り,その後,10年経過した頃から現在に至るまで,主に量子計算に関するTCSの分野(量子アルゴリズム・量子計算量理論)で研究をしています.とは言え,上述の通り,量子TCSと古典TCSはとても深い関係があり,実質的には古典のTCSも併せて研究していると言えるかもしれません.一方で,量子TCSの分野は,量子情報理論や線形代数・抽象代数・関数解析など,他の数学分野とも深い関係があります.さらに,最近では,理論物理学との関係も指摘されています.このように,量子TCSは,様々な数理科学分野との豊かなコネクションがあるため,学術的な興味が尽きることのない深い分野です.また,言うまでもなく,社会的な要請がある課題に対する理論的側面からの貢献も期待されています.
苦労して生み出した成果が,テクノロジーの進化により陳腐化することはなく,長い年月を経ても輝き続ける可能性があることが,理論研究の最大の魅力だと思います.